
AKB48の総選挙に、次期衆院選。何かと「投票」が話題になる昨今だが、美術の世界でも、見る人の投票で展示作品を決めるリクエスト式の展覧会が相次いで開かれ、注目を集めている。来館者の望み通りの作品が展示されるため、美術館とそのコレクションに親しみが湧くメリットがある一方で、「芸術のランク付けでは」と懸念する意見もある。敷居が高いと批判されることも少なくない日本の美術館。リクエスト展は来館者との距離を縮めることができるのか、その現場を見た。
(坂下芳樹)
■1万2000分の50
3位、佐伯祐三「レストラン(オテル・デュ・マルシェ)」。2位、モディリアーニ「髪をほどいた横たわる裸婦」。そして1位は…、再び佐伯祐三の「郵便配達夫」。
大阪市中央区の大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室で、11月25日まで開かれている「ザ・大阪ベストアート展」。大阪府、市が所有する絵画や彫刻など近現代の美術作品コレクション計1万2千点から、投票によって選ばれた上位50点が展示されている展覧会だ。
よりすぐりの傑作だけに、会場は美術ファンならため息が出るようなものばかり。「この作品のオッカケです」「自分の人生を変えてくれた」といった、投票者がそれぞれ作品への思いをこめたコメントを読むこともできて面白い。平日の夜でも多くの来館者がいて、人気の高さを物語っていた。
同展の開催は、大阪市の近代美術館建設計画の推進へ向け、同館のために収集されたコレクションの価値を広く知ってもらおうというのがきっかけ。「アピール度を高めるため、展覧会の前から興味を持ってもらえ、盛り上がるものを、と考えたんです」。企画した大阪市立近代美術館建設準備室学芸員、高柳有紀子さんはこう説明する。
そのため、投票の方法も工夫した。学芸スタッフがあらかじめ出品候補を100点選び出し、開催5カ月前の今年4月からインターネットやはがき、市内約30カ所に設置した投票箱などで、広く投票を受け付けた。
7月末までの応募期間中に集まった投票は、当初目標の2倍以上となる2万779票。この票数に対し、高柳さんは「こんなネームバリューのある作品が大阪にはあるのか、こんな作家がいたのか、と知ってもらうのが一番の目的。その意味で、ある程度成功かと思う」と話す。
■ルーツは静岡にあり
こうした投票者のコメントとともに作品を展示するスタイルのリクエスト展の元祖とされるのが、静岡県立美術館(静岡市)で平成13年に開かれた「ザ・ベスト展2001」だ。この展覧会を同館学芸員のころに企画した李美那さん(現・神奈川県立近代美術館主任学芸員)は「美術館の内部では当初、賛否両論があった」と明かす。否定的な意見は、「リクエストを募ってその通り見せるだけではやり方が安直で、美術館の使命を果たせない」というものだった。
しかし同展は、開館15周年の記念展として計画されたものだった。「15周年を迎えられたのは、それまでの展覧会を見てくれた人、作品収集に協力してくれた人がいたから。そうした人たちに、コレクションとして今、何を持っているかをお披露目することこそ、美術館としてのお礼の言い方になるのではないかと意見がまとまった」。収蔵品図録を見て投票するリクエスト展は、コレクションの全容に目を通してもらうために最適の手段だったのだ。
その上で、展覧会が単純な投票結果の発表会にならないようにさまざまなアイデアを加えた。まず、得票がわずかだった作品からもセレクトして展示すること。そして作品と一緒に、投票者に書いてもらった「この作品がなぜ好きか」というコメントも掲出することにした。
「通常、作品を見た感想をその場で誰かに話すことはしない。でも本来、それは楽しいもの。コメントを読んで感想を共有する体験を通じて、美術館により興味を持ってもらえると考えた」。さまざまな工夫を凝らしたかいあって同展は好評を博し、翌年も、同様の「ザ・ベスト展2002」が開かれた。
■見る側と見せる側の"乖離"も浮き彫りに
リクエスト展はこのように、美術館とそのコレクションに親しみや関心を持ってもらう入り口として有効だといえる。
それだけでなく、美術館側には、鑑賞者の生の声を聞ける利点もある。ときには、意外な結果が現れることも。「ザ・大阪ベストアート展」では、大阪の近代洋画壇を代表する佐伯祐三と小出楢重のうち、佐伯は「郵便配達夫」と「レストラン(オテル・デュ・マルシェ)」「壁」の3点が選ばれたものの、小出の作品はいずれも選に漏れた。
「小出はものすごく有名で、一般の方にも人気があると思っていた」と高柳さん。この結果からは、大阪の人は存外に、地元の洋画壇の作品に接する機会が少なかったことがうかがえる。それと同時に、美術館側が伝えようとしていることと、見る側が興味を持っていることの間に、浅からぬミゾがあることも浮き彫りになった。
■コレクションへの関心高める意義
また、同展に寄せられた投票に付けられた意見には、少数ではあるものの、芸術の順位付けだとして「けしからん」と批判するものもあったという。確かに、リクエスト展が美術館の"正攻法"の展覧会かというと、そうとは言い切れない面もある。
それでも関西では、神戸市立小磯記念美術館(東灘区)が来年末に、「皆(みんな)でつくる展覧会-小磯良平作品選-(仮称)」の開催を計画中。現在、小磯の油彩画100点を対象に、館内で投票を呼びかけている。細見美術館(京都市左京区)でも平成15~19年に連続して「珠玉の日本美術 細見コレクション・リクエスト展」が開かれ、好評だった。
リクエスト展が開かれる背景として、美術展の歴史に詳しい木下直之・東京大大学院人文社会系研究科教授は「日本の美術館は常設展示をいくら頑張っても、観客がそれだけ足を運んでくれない現実がある」と指摘する。
「日本の美術館は(海外から作品を借りる)特別展を中心にやってきて、観客もそれを楽しんでいる。そのため一般の人は美術館が持つコレクションへの関心が希薄。美術館側はその状況を変えたいという思いをずっと抱えており、ここにきて、収集品に新たな価値付けをしようとする動きが出ている」
日本ではまだまだ大きい、美術館と利用者との間のコミュニケーションギャップ。それを埋める手段として、リクエスト展の機能は今後も有効だろう。